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未踏クリエーターが語る「技術の未来」

ワイヤレスセンサネットワークの未来

「センシング」と「無線通信」を組み合わせたサービスが、近頃多く見られるようになりました。伸縮センサとBluetoothを使ったZOZOSUIT、ボタンとWi-Fiを使ったAmazon Dash Button、心拍や加速度センサ等と各種無線を使ったApple Watchなどが挙げられます。これらのデバイスを通して、実空間情報を無線で収集することにより、私たちに新しいライフスタイルがもたらされています。この概念を拡張し、センサ搭載の無線デバイスの数を多数にして、膨大な実空間情報の収集を目指す時、そこにはセンサネットワーク (Wireless Sensor Network:WSN) と呼ばれる技術分野が広がっています。このエッセイでは、IoT (Internet of Things) のコア技術の一つであり、社会に大きな変化をもたらそうとしているWSNについて、これまでの道のりと現在、そして未来を見ていきます。

これまでWSNが取り組んできた課題は大きく2つに集約されます。1つ目は、通信速度、通信距離、および電力の間でのトレードオフです。スマートフォンやWi-Fiルーターとは異なり、WSNの端末 (センサノード) は長年に渡って維持される社会インフラなどの一部として電池で長期駆動することが求められるため、このトレードオフをとてもシビアに意識した開発が必要になります。IoT向けの無線方式として昨今大きな注目を集めているLPWA (Low Power Wide Area) は、省電力性を保ちながら長距離伝送を実現している一方で、その通信速度はWi-Fiの100万分の1程度と低速になっています。2つ目の課題として「電波干渉」が挙げられます。人間が周りの騒音で会話し辛くなるのと同じように、無線通信でも同一周波数帯で同時に電波を発すると干渉が起きてパケットが衝突し、情報を伝えられません。

以上の問題に対処する、つまり通信速度を保ったまま通信距離を延ばし、外部からの干渉波やネットワーク内でのパケット衝突を避けながら、確実かつ省電力にデータを収集する無線方式の研究が進められてきました。バケツリレーのように他のノードのパケットを効率よく転送する「マルチホップ」の手法もそのうちの1つであり、WSNの主流として研究されています。

これまでのマルチホップは、経路を構築してパケットを転送する「ルーティング」(図1- A)と呼ばれる方式に基づいていました。ルーティング型では、データ収集を漏らさないために、人、クルマ、動物や機械の移動による電波環境の変動に素早く対応して、ルートを動的に選択することが必要となります。しかしながら、1990年代後半から長年に渡って研究されたにも関わらず、頑健かつ省電力なルーティング機構は、未だに実現されていません。

その後、2011年にスイス連邦工科大学チューリッヒ校の研究グループが発表した「同時送信」技術が、WSNをルーティングの呪縛から解き放つことになります。この同時送信によるマルチホップ (=同時送信フラッディング, 図1- B) のポイントは、「送信タイミングが厳密に揃っている場合、複数ノードが同時に送信しても、重なった電波を正しいパケットとして受信できる」という新たな発見にあります。具体的には、パケットを受信できた全てのノードが、様々な計算遅延の揺らぎを可能な限り排除し、送信タイミングを極力一致させてパケットを転送します。この結果、複数ノードが同時に同一パケットを送信することになります。無線通信の常識的には、パケット同士が衝突して受信することができませんが、驚くことに、前で述べた現象のために、多くの場合で正しく受信可能となります。

同時送信フラッディングは、経路を定めないため(ⅰ)電波環境変動への頑健性が強まる、ルーティングで取り入れられてきた干渉を防ぐための処理が大幅にカットされるため(ⅱ)高速かつ省電力でマルチホップ可能、という従来のマルチホップの課題を解決している点が特徴です。さらに、時刻情報のパケットがネットワーク内で容易に共有できて(ⅲ)ノード間の時計を高精度に合わせることができるため、多地点間での相関を把握することによる、より深い現象の解析にもつながります。

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図1:ルーティングと同時送信フラッディング

フラッディングは、ルーティング方式に比べて無駄が大きいように感じるかもしれませんが、そうではないのがこの技術の面白いところです。無線通信では、無線モジュールをONにして受信待機状態でいることは送信と同等に消費電力を使います。ルーティングにおいてパケットを転送するノードは、定期的に聞き耳を立てて (受信待機モードになって) 自分宛のパケットの存在を確認する必要があり、その期間に運良く該当パケットが送信されるまで何度も受信待機モードになる必要があります。一方同時送信フラッディングは、受信待機中に拾ったパケットを即座に転送しすぐに無線をOFFにできるため、消費電力の無駄遣いはルーティングに比べて同等かそれ以下に抑えることができるのです。

筆者らの会社では、同時送信フラッディングを採用したIoT無線プラットフォームUNISONet(開発コードネーム:Choco) を事業展開しています。対象としているのは、LPWAより距離は飛ばないが通信速度が速い (通信距離はマルチホップでカバー) 、LTEやWi-Fiほど通信速度は出ないが省電力、という現在のIoT分野で主に使用されている無線では対応しきれていない領域です。

筆者らは、センシングを広く深く普及させるにあたっては、WSNを現在のような「無線技術」ではなく「計測ツール」にすることが重要との考えから、同時送信フラッディングの有する特徴を活かし、取得データの量と品質を両立して提供可能、かつユーザフレンドリという強みを有するシステムの構築を進めています。

構造物モニタリングを例にUNISONetの強みを説明します。LPWAでは、傾斜センサやひずみセンサを数分に一回程度の頻度で計測するような簡易システムしか実現できません。また、LTEを用いようとすると、電池による長期駆動が難しいため有線で電源を用意せねばならずシステム構築が困難です。一方、UNISONetでは、一秒間に100回程度の頻度で計測した振動センサのデータも収集可能であり、バッテリ持続も数年程度を見込め、大量のデータを取得可能です。また、高精度に時計が合っているノードを多地点に設置して振動を計測することにより、構造物全体の揺れ方を見ることも可能です。これまでに橋梁 (図2)、建物、オフィスなどに設置して運用してきており、特に橋梁分野では使用事例が多く、全国各地でUNISONetを用いた計測やモニタリングが行われています。

また、同時送信フラッディングが持つ「転送の電波到達範囲内にノードを置いていくだけでネットワーク構築が可能」という性質により、センサの設置を大幅に簡略化可能です。大規模センサネットワークの設置は一般に困難で、専門家が構築することが普通ですが、筆者らが支援せずとも、現場の担当者だけで、数10台のノードで測定を実施した例も存在します。

図2:振動センサ(写真右部)で長大橋のたわみを測定

図2:振動センサ(写真右部)で長大橋のたわみを測定

今後のWSNで重要なこととして、主に2点考えています。まず1点目は、同時送信技術自体の研究開発です。同時送信フラッディングはWSN界で破壊的技術として登場したものの、理論的枠組みの整備や、同時送信を実現するためのハードウェア支援やソフトウェア基盤の開発が求められます。例えば、大手メーカーによる同時送信用の無線チップの製造には参考にする学術研究が必要です。また、様々な分野の技術者が同時送信技術を使うための開発環境を用意することで、WSNアプリケーションの裾野が広がります。

それと同時に2点目として、これからのWSNは、個々のアプリケーションでのセンシング手法の確立も大きく意識する必要があると考えています。WSNの適用対象は、工場機械や発電機器、農場機械、鉱山機器、医療機器、ビルや建物、自動車など多岐に渡り、それぞれによって制約や要求が異なるためセンシング手法も変わってきます。センサの種類や精度の決め方、生み出すデータ量の調整 (センサの値をそのまま集めればよいのか或いはセンサノードでの前処理は必要なのか、一日中センシングするのか或いは数時間分のデータで良いのか) など、これから新たに課題を設定して検証する試行錯誤が沢山待っています。

また、従来から期待されているアプリケーション以外の方向性の模索も、重要な課題です。ヒントとして、2016年の紅白歌合戦で三代目 J Soul Brothersと共に圧巻のパフォーマンスをしたSAMURIZE (図3) というダンスチームをご紹介します。彼らが纏う衣装に付いている約1万個のLEDは、マイコンによりミリ秒単位で制御されており、衣装同士の光るタイミングは正確に揃っている必要があります。ここにまさにWSN向けの無線通信が使われているそうですが、メディアアート領域への応用はWSN開発者だけではほぼ間違いなく思いつかなかった例とみなして良いでしょう。プラットフォームを提供する側として、このような事例を今後も期待して様々な方面への支援を行うとともに、自らでも新しい領域でのアプリケーションを常に模索していくつもりです。

これまでも、そして今も十分過ぎるほどに社会からの期待を背負っているWSNが、ようやく実用化に向けた一歩を踏み出し、多くの産業への展開が視野に入るまでに発展しています。踏み出しただけの一歩で終わらないよう、WSN分野の発展に貢献していきたく思っています。

2016年の紅白歌合戦で三代目 J Soul Brothersと共に圧巻のパフォーマンスをしたSAMURIZE 図3

神野 響一
ソナス株式会社 共同創業者

2016年度未踏事業に「高品質なセンサシステムを容易に構築可能にするプラットフォーム」で採択。

東京大学工学部卒業後、同大学先端科学技術研究センター技術補佐員を経てソナス株式会社共同創業。

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